京都ヴェルディ協会  2019.3.21


ヴェルディとワーグナー


錦職昭彦(常務理事)

 

リヒャルト・ワーグナー Richard・Wagner(1813/05/22〜1883/02/13)

1871年撮影

「ロマン主義」について
ロマン主義と言う言葉の定義は非常に難しい。この言葉を聞いて心に描くものは、漠然としたもの、不鮮明で、輪郭があいまいなものであり規律、節度、正義に対する反抗であり、ともすると理性,信仰すら破壊する。
一般にこの言葉が用いられるようになったのは18世紀末から19世紀にかけて現れた全ヨーロッパ的な文学、思想運動についてである。
なかでも過去において宗教改革が盛んであったイギリスとドイツで起きた。
そしてドイツでは芸術、歴史、哲学などすべてがロマン主義化された。
ドイツは地中海沿岸諸国(イギリス、フランス、イタリア等)のそれらと完全に分離され進化する。これが一般に言われる「ドイツ・ロマン主義」である。

*ドイツ・ロマン主義
ロマン主義精神の本質的な様相とみなされている非合理性、主体と客体との神秘的な融合、諸芸術を混合する傾向、遥かなるもの、未知なるもの、無限なるものに対する憧憬、これらすべてのものがドイツ・ロマン主義の特徴であり、これらの合体したものをラテン民族は絶対に理解できないだろう。つまり、いつどこで生まれ育つかが、人間の思想形成において決定的な意味を持つのだ。さて
リヒァルト・ワーグナーの場合はどうだろうか?

最大の特徴は「神」について多くのドイツ・ロマン派がそうであるように、自然の総体(世界)を神として崇拝する態度、汎神論として知られる。昔からドイツ人は汎神論を好んできたが、ロマン派ワーグナーは神を世界に没入させて自然の総体が神であるという。この自然崇拝は当然キリスト教と相反するものである。あらゆる人間は超越的なものを求める宗教的欲求がある。非合理性、主体と客体との神秘的な融合、諸芸術を混合する傾向、遥かなるもの、未知なるもの、無限なるものに対する憧憬、これらすべてのものが挿入されている作品これが「パルシファル」である。またこの自然崇拝、汎神論がワーグナーの独特の世界として生まれる。自分が崇拝している特殊なものが制限されると悪であると主張する。
したがって自己表現において、正常なものと同様に病的なもの、道徳的なものと同様に非道徳的なもの、さらに魔術的なものまで、今まで抑圧されてきた数々の要素が解禁される。フランス大革命により18世紀合理主義から永い間閉じ込められていた感情の爆発となって官能的なもの、反宗教的なもの、人間の心の深部にある性向を表現するようになる。これが「トリスタンとイゾルデ」である。
この作品は男女の性愛感情そのものが表現されている。神や人間正義を無視し、世間も苦悩もかえりみず、ただひたすらにお互い誠実あるのみである。
ふたりの心理的経過の総体を音で描きだそうとしたことは周知の通りである。この楽劇の前奏曲は最も激しいふたりの性愛を表現しているのである。
そして「ローエングリーン」はひとつのテーマとしてキリスト教対異教(キリスト教から見れば邪教)の戦いである。2幕でオルトルートが復讐の成就をゲルマンの神々に祈願する。“Entweihte GAztterHelft……Wodan dich Starken rufe ich Freia!Erhabne,hAzre mich……ワーグナーは前面に人間の高次な尊厳や意義を提示するが、実は「なんでもあり」で自分の創造が優先し、これが一番彼にとっては重要なのである。あらゆる人間は超越的なものを求める宗教的欲求がある。我々後世の人間は「ローエングリーン伝説」に基づいた物語のように解釈するが意外とワーグナーはそんなことは思っていないのでは?
8世紀終わりごろ〜9世紀のはじめごろに30年間続いた「ザクセン戦争」、ザクセン人とフランク王国(カール大帝)との戦いがあった。ザクセン人はゲルマンの神々を崇拝していたがカール大帝はキリスト教の布教による領土の拡張を狙って戦いをした。所謂宗教戦争である。「ローエングリーン」ではローエングリーンとオルトルートは死なない。勝負はむしろオルトルートの復讐が成就しローエングリーンに勝利したのではないか?それともう一つワーグナーの言によれば、ローエングリーンは無条件に自分を愛してくれる女性を求めた。人間的な愛の抱擁を受け入れる女性を……ところがエルザはその条件をオルトルートに唆されて破った。

「リング」について
「ラインの黄金」「ワルキューレ」「ジークフリート」「ジークフリートの死」「神々の黄昏」
歌詞 1852年   1852年    1851年      1848年       逆順
作曲 1854年   1856年    1871年      1874年       正順
「ジークフリートの死」は単品であり、後に「若きジークフリート」「ワルキューレ」「ラインの黄金」と台本を進めていく上で「ジークフリートの死」とそれらと接続、関連性を持たさねばならない。単品「ジークフリートの死」を生かすと4部作の一貫性に齟齬をきたす。
具体的にどのような台本になったのか?そこで、ブリュンヒルデの自己犠牲の書き換えを余儀なくされた。書き換えは3つある。48年、48年と49年の間、そして49年である。
48年稿「ジークフリートの死」では……“ただ一人が支配なさるのです。万有の父輝かしいあなたが” 憩え 憩え 神であるあなたは
49年稿「神々の黄昏」では……“あの人間の、あなたたちが創ったあの英雄の偉業の喜びに浸って、衰え行けわたしはあなたたちの不安と怖れのうちにあなたたちの幸いなる死の救いを予告する
この書き換えによって「ワルキューレ」2幕2場、「ジークフリート」3幕1場
ヴォータンとエルダの会話、「神々のたそがれ」終幕のブリュンヒルデの自己犠牲、これらと辻褄が合って関連性ができてくるのである。ワーグナー流「生への意思否定」悲劇的諦念が出来上がる。
「リング」の4部作の重要な関連性である。
そしてなぜ「神々の黄昏」に題が変わったか? と言うことも理解できるのである。
「ジークフリートの死」台本製作が完了したのが1848年10月である。それからドレスデン革命で聖母教会の塔に登ったのが1849年5月である。この間、エドアルド・デフリーントからの示唆(ヒント)を与えられ、加筆、書き直し等ワーグナーの頭の中は半分「リング」製作、借金地獄、半分「革命」へと極限にあったと推察できる。このような状況下で革命は失敗に終わり、国事犯(死刑囚)として追われる身となる。ワーグナーの思想形成において、このドレスデン時代からチューリヒへと逃亡、そして1854年9月ショーペンハウアー著『意思と表象としての世界』を知る。最も重要な年月である。

反ユダヤ思想について
パリでの挫折、1849年5月ドレスデン革命で身を張って革命に参加するが、叶わぬ夢に終わり国事犯(死刑宣告)として逃亡。極限までの苦しみを味わう。これらの怒りをユダヤ人に向け爆発。1850年8月自著『音楽におけるユダヤ性』刊行、反ユダヤ主義思想ができあがる。
そして諸作品の台本には反ユダヤ思想やその裏返しの思想がメタファ(隠喩)として記されている。
「リング」のアルべリヒ、ミーメのユダヤ性。「マイスタージンガー」のゲルマン人種の優越性、「パルシファル」における純血主義等である。
しかしこの強烈な反ユダヤ思想も年を重ね、ルードヴィヒ二世との邂逅後次第に薄れて行ったのではなかろうか?
@1870年8月コジマと正式に結婚、子供を沢山得て平和な家庭を築く。
A1880年代ドイツのユダヤ人同権に対して、反ユダヤ主義者による運動「ベルリン運動」が起こり請願書が出回るがワーグナーは署名を拒否した。
Bユダヤ人指揮者のH・レヴィ、写譜その他でJ・ルービンシュテインを使った。C1880年10月A・ゴビノー伯爵とヴェネチアで会っている。彼はローマ・ヴァチカンの番人のようなバリバリのカトリック信者であったが、ワーグナーの気持ちがこの時すっかり萎えていて、会話の歯車が合はなかった。
D1881年1月宗教と芸術のための補足その2「汝自身を知れ」を執筆、この中でワーグナーは金銭的観念において自己批判、羨望、嫉妬等複雑な感情を持ってドイツ人に警告を与えている。「リング」製作後、思想の変化等によりユダヤ人をあらゆる方面から検証し自戒している。

キリスト教について
ワーグナーは自分が生きている時代の近代キリスト教での「教会」「聖職者」を激しく批判しました。彼のキリスト教とは、原始キリスト教であり、キリスト教神秘主義とも言われるものであります。つまり教会、聖職者を媒介しない自力。純粋無垢な信徒で、祈り、瞑想を主とし、清貧を重んじた乞食、あるいは自給自足の生活、そしてその中で、三位一体「父と子と聖霊」を崇め帰依し、真理を探究してゆくことであります。
自著「未来の芸術作品」のなかでキリスト教(絶対的自己中心主義)=国家的な文明の影響下で、近代の諸国民のあらゆる民衆芸術はその目を刈り取られてきた。と言っています。つまり聖職者によってキリスト教本来の教えが歪んだものになったと憂いております。
「タンホイザー」でのキリスト教
領主はエロスに耽ったタンホイザーに贖罪を科す。ローマへの「強制巡礼」である。タンホイザーは希望と不安が交錯しながらローマへと旅立つ。
「タンホイザー」の有名な「ローマ語り」のなかで、“枯れたローマ法王の杖に新芽が吹き、花が咲くまでタンホイザーの罪はゆるされない。”と贖罪を科します。ところがその枯れた杖に花が咲き、奇跡が起きタンホイザーは罪を許されます。このことはローマ法王に助けられたのではなく、イエス・キリスト(聖母マリアかも、エリザベートの自己犠牲によりタンホイザーの罪を贖う)の奇跡によって助けられたものなのであります。カトリックでもなく、プロテスタントでもなく。ここが重要なのです。ワーグナーの反教会、反聖職者主義の証です。またこのことが「パルシファル」に繋がります。つまり「タンホイザー」ではタンホイザーはイエス・キリスト(聖母マリアかも)に救済されます。そして今度「パルシファル」ではパルシファルがイエス・キリストを救済します。相互依存しているのです。

L・A・フォイエルバッハからA・ショーペンハウアーへ
ブリュンヒルデとジークフリートは性愛により結ばれる。(「ジークフリート」終幕)
フォイエルバッハ(1804〜1872)は、男と女が結ばれて、はじめて真に現実的な人間を形成すると論じる。また愛の存在しないところには真理は存在しない。
愛について語る場合、キリスト教や従来の思弁哲学は「性差」の本質に踏み込むことはまれで、とりわけ〔性愛〕をタブー視する傾向が強かった。
ところがフォイエルバッハは〔性愛は奇跡を生む〕と述べる。性愛によってこそ人間は、抽象概念としてで無く「感情の心理」として「類的存在」である自己を知るのである。「ジークフリート」台本制作時、フォイエルバッハの忠実なる弟子であったワーグナーは「思考された愛」と「全知全能の神への愛」を真に現実的な愛から抽象された超感性的産物とみなし「永遠の愛」といった表象(ヘーゲル論)がいかに非現実的な形而上学的欺瞞であるかを告発している。
しかし1854年9月A・ショーペンハウアーの著「意思と表象としての世界」を知り、フォイエルバッハの男女の性愛論からインド精神世界の仏教教義へと変貌してゆく。それが「パルシファル」二幕終了近くにおけるクンドリーとパルシファルとの「キッス」シーンである。クンドリーは性愛によってパルシファルとの合一を図ろうとするが、そのキッスはクンドリーの思惑とは違った展開となる。パルシファルはクンドリーとのキッス(愛欲)とアンフォルタスの罪(クンドリーとの愛欲)とが一つに重なり合う。そしてパルシファルは新たな認識を得、“愚かなる若者”から回心し、知を得る。アンフォルタスへの同情から共苦へと・・・またパルシファルは“救世主の嘆きを聞いた、あぁ、嘆き、あの嘆き!聖なるものを汚したことへの嘆きが!救えよ、われを罪に汚れし手から救い出せよ”と。イエス・キリストをもアンフォルタス、クンドリーと共に救済する使命感が芽生える。そしてクリングゾールの魔法も解け、魔法の城は瓦解する。
クンドリーに“お前は知っていよう、わたしにどこで再び会えるかを!”クンドリーへの救済(輪廻転生からの脱却)を予告する。
つまり、「リング」のキッスという所作フォイエルバッハ思想と「パルシファル」におけるキッスという所作ショーペンハウアー思想の〈意思否定〉欲望(性欲)の放棄。肯定、否定、全く異なった意味の重要性があるのです。

A・ショーペンハウアー(1788□1860)の「意思と表象としての世界」
18世紀末から19世紀初頭ヨーロッパ各国ではインド精神世界バラモン教、仏教の研究が学問として取り入れられ、いち早くインテリ層に定着します。この背景には当時のヨーロッパ精神世界の閉塞感があり、虚無主義ニヒリズムの台頭です。そしてショーペンハウアーはバラモン教の哲学書「ウパニシャット」「ヴェーダーンタ」及び仏教の翻訳本を耽読、「意思と表象としての世界」を著します。ワーグナーは1854年にショーペンハウアー著「意志と表象としての世界」を読み、またバラモン教の「リグ・ヴェーダ」「ウパニシャット」そして仏教のあらゆる翻訳本を耽読、インド精神世界バラモン教、仏教に係わる要素を好んで作品の主要モチーフとして挿入しました。
人間の「意志」とは……自我である。そしてまた「意志否定」とはその自我であるあらゆる欲望(煩悩)をけ散らかし否定することである。
1856年仏教的戯曲「勝利者たち」を散文草稿。そして1877年「パルシファル」の台本を完成させたのであります。わたしの小文「パルシファル」をご参考。

ショーペンハウアーについて大いなる誤解
1854年9月A・ショーペンハウアー(1788□1860)の著書「意思と表象としての世界」を友人ゲオルグ・ヘルヴェークからワーグナーは借与する。
ショーペンハウアーの本を読んで、ワーグナーは「生への意思否定」こそ、現世の絆を断ち切る唯一の救いであると書かれていた。と言っています。そしてそんなことなら、私はとっくに親しみ深いものになっていますよ〜と言った。
成る程、「生への意思否定」悲劇的諦念こそ、彼の全作品の中心思想である。
「オランダ人」……オランダ人=ゼンタ、「タンホイザー」……タンホイザー=エリザベート、「ローエングリーン」……????=エルザ、「トリスタンとイゾルデ」……トリスタン=イゾルデ、「リング」……ジークフリート=ブリュンヒルデ達で、死をもって成就を願うのである。
しかし、ショーペンハウアーはワーグナーが言っている「生への意思否定」でなく、「意思否定」と言っているのだ
ワーグナー曰く、“私がショーペンハウアーに台本「ニーベルングの指輪」を送って、批評等コメントを頂きたい、と言ったけれども何のコメントもなく無視された。ははーん、この無視は私の台本を読んで俺(ショーペンハウアー)より先に「生への意思否定」を意味する台本を書いているではないか!と驚いて腹を立てているのに間違えない。”と。手前勝手な事をワーグナーが言ったことで、「意思否定」とごちゃ混ぜに考えをし、誤解している証拠となったのである。

ワーグナーの性格
自己中心、浪費家、見栄っ張り、利害得失を優先に考えた多重性格、文章で攻撃、1834年〜1870年36年間根無し草、つまり放浪生活で故郷がない。
彼は前面に人間の高次な尊厳や意義を提示する。が自分の作品では「なんでもあり」で空想的、神秘的、不確定なもの、極端なもの、象徴に対する考え方(感覚)、人物、特に宗教家への思弁、仮説、曲解、過大評価をする。つまり自分の創造が優先し、これが一番彼にとっては重要なのであります。従って作品(ワーグナーの考え)と一般知識(歴史認識)とは別物として解釈すべきであります。たとえば、イエス・キリスト、ワーグナー流に解釈すればイエスはアーリア人種の血を引いています、パルシファルを見よ、聖なる純血。決してユダヤ人ではありません。従ってイエスはユダヤ人によって磔刑され殺された、となるのです。
ワーグナーとパリ・オペラ座
1860年1月パリ・イタリア座で「ローエングリーン」前奏曲、「タンホイザー」
大行進曲を演奏、一定の成果を上げる。観客としてオーベール、ベルリオーズ、ボードレール等がいた。
1861年3月「タンホイザー」パリ・オペラ座公演、オペラ座の予約会員で貴族主義的なジョッキークラブの人々がワーグナーを敵視し、公演中に騒動を起こし中止になる。此の事にマイアベーアが関与したか、いささか疑問である。なぜなら当時のオペラ座の総監督以下オペラ座で働いている人たちからも総スカンを喰らっていた。結果ジョッキークラブの人々と劇場側との連合に屈した。二幕でバレーを挿入する、しない、での問題もあるが人間性の問題(自己中心的な)である。わたしの小文「ワーグナーとマイアベーア」をご参考

ワーグナーとルードヴィヒ二世
“恵み深い若き王よ、わたしの人生と私の作る詩と音楽のすべてを謹んであなたに捧げます。“今後はそれらを王の所有物とみなされて、どうか存分になさってください”(1864年5月3日付)奇跡が起こった。
1864年5月4日彼はミュンヒェンの王宮でルードヴィヒ王の前に立っていたのである。わたしの小文「ワーグナーとルードヴィヒ二世と精神科医J・B・フォン・グッテン」をご参考。

女性の力 コジマ1837年12月24日コモ市ホテル「アンジェロ」で生まれる。
父リスト、母マリー・ダグー。結婚はしていないがすぐに認知する。
ルツェルン湖畔トリープシェン1867年4月15日ワーグナー入居、コジマ、子供と共に5月12日同地着。彼への忠誠が必要とされている今、どうしてワーグナーを切り捨てることが出来ようかこの天才を ワーグナーの苦悩は自分の苦悩であった。1867年6月21日「マイスタージンガー」初演ビューロ指揮、コジマにとっては、この「マイスタージンガー」の大成功は、王とワーグナーの中に入っての苦労が、革命的な作品を生む原動力となって結実した証であった。
1869年6月6日ジークフリート誕生。
1870年7月ハンス・フォン・ビューロと離婚成立。
1870年8月25日ワーグナーと結婚。ワーグナーにとってトリープシェンはのどかな楽園生活で大満足であった。
バイロイトへ……ワーグナーは自分の作品を発表完遂する劇場がどうしても必要だった。1872年4月バイロイトへ移る。1874年4月ヴァンフリート荘完成、
1876年8月13日から4部作「ニーベルングの指環」初演。
1882年7月バイロイト祝祭劇場で「パルシファル」初演。「リング」「パルシファル」の作品はコジマがいなければ、未完に終わったかもしれない。

ワーグナー巡礼(2018年8月15日〜16日)
1813年5月22日ライプチヒ市ブリュール (BrAhl str7)〈紅白獅子の館〉で生まれた。この館は1886年に取り壊され、現在は下記の通りショッピング・センター街に変貌していた。また、洗礼は戦況悪化のため遅れて1813年8月16日トーマス教会で行われヴィルヘルム・リヒャルト・ワーグナーと命名された。

ショッピング・センターとワーグナーの生家跡のプレート
トーマス教会
ニコライ教会

 

参考文献
『ワーグナー』C・フォン・ヴェステルンハーゲン著、三光長治、高辻知義訳、白水社
『ワーグナー友人たちへの伝言』高辻知義、藤野一夫、杉谷恭一訳、三光長治監訳
『コジマの日記U・V』 三光長治、池上純一、池上弘子訳
『ワーグナー変貌』遠山一行、内垣啓一編、白水社
『意思と表象としての世界』ショーペンハウアー全3巻、西尾幹二訳、中央公論
『ショーペンハウアーの言葉』白取春彦、宝島社
『ショーペンハウアーの散歩』長与善郎、河出書房新社
『リーヒャルト・ヴーグナー』H・S・チェーンバレン著、石川錬次訳、二見書房
『ロマン派からヒトラーへ』ピーター・ヴィーレック著、西条信訳、紀伊国屋書店